2011年2月24日木曜日

Story of mother's father

最近、高齢者の方と接する機会が多い。
それは、研究テーマに関わるからというのが一番の理由なのだが
話を聞いてみると人それぞれ、人生色々。

実に多様で、単純に面白い。
戦時中の話もあり、笑って聞ける話ばかりではないが、興味深い話ばかりだ。
ウチの近所には”フランスからの日本大使”に嫁いだ方がおり、今は海辺で一人静かに余生を過している。

だが、思い出すのはやはり自分の身内だろう。

私の母方の実家は所謂地主。
庭先に蔵が残ってたりするのはその名残だ。

そこで生まれ育った母方の爺さんは、もう数年前に他界している。
その爺さんとは、数年に一度盆とか正月で会うくらいで思い出らしい思い出は特に無い。
だが葬儀の後、オフクロが懐かしそうに話した思い出は私が抱いていた”爺さんに対するイメージ”
とは全くかけはなれたものだった。

地主の息子として生まれた爺さんは、そりゃもう筋金入りのおぼっちゃん。

Natural born ボンボン

何不自由無く暮らし、嫁さんも貰った上3人の姉妹を授かった爺さん。
順風満帆かと思いきやさにあらず。

この爺さん、とにかく働くのが大嫌い。

どんどん資産を食い潰し、見るミル内に没落。気がつけば近所じゃ有名な”お化け屋敷”に。
オフクロ曰く”とてもイヤだった”そう。

そりゃそうでしょう。私だってイヤです。

そしてイヤだと思っていたのはオフクロだけでは無かったらしく。
終に愛想が尽きたのか、嫁さんが爺さん見限って出て行っちゃった。

これでキレてしまったウチの爺さん。
ちょうど収穫期だった自分ちの田んぼに火を放ち、強制職務放棄。

・・・あははwって笑いながら話す事か?オフクロ。
農家が自分ちの米に放火するって聞いたこと無いんだけど・・・

結局オフクロのオフクロは戻って来ず、爺さんが娘三人を育てる事に。


またある時、この三人娘の内の次女(ウチのオフクロは三女)が20歳前後の時に駆け落ち。
男と共に東京へ。

それを追ったウチの爺さん。
友人と一緒に上野に来たは良いが、初めて見た東京に感激し娘そっちのけで東京見物。
何度か東京と山形を行ったり来たりしたらしいが、その殆どが東京見物。

・・・娘探そうよ、爺さん。

結局、爺さんを見放す事が出来なかったのか、次女はちゃんと戻ってきた。


そんなアンチワーカホリックの爺さんだったが、遊ぶ事に関しては相当積極的だったらしく
当時地元では最高の娯楽だった(そうだ)映画によく娘三人を連れて観に行ってたそう。

”あれは嬉しかった”とオフクロは話してた。


そんな爺さんの葬儀には親族孫一同、友人等々相当数の方に参列して頂いた。

”アンタと一緒で楽しかったよ”

そう言ってくれたのは一番の親友の方だ。
爺さん、本望だったろう。


葬儀も終わり神奈川に戻ってきた後、爺さんの破天荒ストーリーを後輩に話したところ、神妙な顔で一言。

”やっぱ、血なんすね~・・・”


・・・私、そんなに”滅茶苦茶”に見えますかw?

2 件のコメント:

  1. すごい・・・
    世の中には色んな人がいるんですねwww
    放火は本当に驚きです

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  2. マネしちゃダメですよw

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