2011年2月5日土曜日

The possibility of building "ZAKU" :ザクの可能性①


所謂”ガンダム世代”と呼ばれる人達は”人型兵器”の可能性を語るのが好きである。
ネットを検索すればいくらでも”議事録”が出てくる。

しかし本当に、例えば”ザク”が建造可能かどうかという議論は殆ど出てこない。

元々想像上の兵器である”ザク”は、より”ぽく”見せるために架空のテクノロジーで理屈付けしてある為、極論すれば同じ物は造れるはずがない。

だが架空のテクノロジーの部分を現実のテクノロジーで補ってやれば非常に良く似た物はできるのではないだろうか。
(逆説的に言えば、”ザク”を造るには何が足りないのか)

結果から言えば、現状では”造っても意味が無い”程度の物しか造れないのである。
理由はいくつかある。順を追って説明しよう。

まず大前提として、”ザク”は核融合炉を搭載しているが、現時点で水爆以外の核融合には成功していない。
ただし、私は核は専門外なので、十分な電力を十分な時間供給できるバッテリーが存在すると仮定する。

もう一つ大前提としていわゆる”ガンダリウム合金”があるが、これはルナチタニウム合金とある。
これも架空のテクノロジーであり、どのような特性を持った材料かは分からないが、これはチタン合金
もしくは他の材料で代替可能だろう。
(ガンダリウム合金と同等の性能を確保できるという意味ではない。因みにザクの装甲材は
超硬スチール合金:高張力鋼の発展型となっている)

これでフレーム、つまり骨格と動力源は確保できる。
(フレーム形式は後述するモノコックフレームタイプになる)

次に必要なのは各関節を駆動する力、つまりアクチュエーターだ。
これが”造っても意味が無い”理由その①になる。

”ザク”の総重量は約6~70t、全行約20m弱。
又、”ザク”は人が出来る動きは全て出来るものと仮定すると、必要な自由度は全身で約40程度になる。
(但し指関節は除く)
ここで言う自由度とは自由に運動できる方向の個数である。

つまり少なくとも”ザク”が人の動きをまねる為には40ヶ以上のアクチュエーターが必要になる。
(アクチュエーター:モーターの自由度は1、回転方向のみ)

ざっと計算しても10t以上はある”ザク”の四肢を時速何百km/hで動かすモーターが、である。
私が知る限り、直径2~3m程度でそのような出力のモーターなど、減速機の存在を加味しても
聞いた事が無い。
※電動油圧(モーターでオイルポンプを回す)は腕や足の曲げ伸ばし、つまり直線運動部にしか
適用できない。

しかもミリ単位での制御が必要になる。イナーシャの影響を考えただけでも恐ろしい。

サイズを限定しなければ実現可能かもしれないが(モーターの出力とサイズは比例する)
その場合は関節が異様に節くれだった歪な、もはや”ザク”とは呼べない代物になってしまうだろう。
恐らく動きも制限され鈍重になる。

では逆にモーターサイズを規定し、重量を軽減すればどうだろうか。
その場合は、フレームは兎も角装甲板に金属は使えなくなる。

戦場において、敵弾回避の方法は二つ。

避けるか耐えるかだ。

装甲が樹脂系材料に限定されるのであれば、”耐える”選択肢は無くなる。
では、時速何百km/hで飛んでくるミサイルや砲弾を避けられるだろうか?

余程遠距離もしくは相対速度が遅ければ可能かもしれないが、基本は無理と考えるべきだろう。
もし出来ても中にいるパイロットが持たないだろう。

そもそも装甲板が樹脂ならばそれはただの外装カバーだ。白兵戦など狂気の沙汰だろう。

つまり現状では”我慢強い立ちんぼ”か”張子の虎”しか造れないのである。
これが理由その①である。
また、もし本気で”ザク”を造るのであれば、まずはモーターイノベーションが必要だと私は考える。

余談になるが、駆動系をアクチュエーターにするのであればフレームは自然とモノコック構造になる。
つまりモーターの筐体もフレームの一部とするのである。これは、恐らくは肥大化するモーター
に対しスペースの確保が有利になるからだ。
この場合、例えば肩、腰、股関節のモーターは同一とする等設計上の工夫も必要になるだろう。

個人的にはボールジョイント+人口筋肉の構造の方が効果的ではないかと考えている。
ボールジョイントで自由度が稼げる上、モーター程スペースを取らないからだ。
(ただし、人口筋肉の種類にも拠る)

ただし、人口筋肉は制御が難しい。モーターのように洗練された技術では無い為、大雑把な制御
しかできないからだ。

これが今後の課題の一つだろう。

個人的な理想を言えば、人間の骨格を模したフレームに小型のモーターを内蔵する事である。
ただし、これには例えば同出力でサイズが1/10になるなどのモーター技術の革新が不可欠になる。

さて、次回は”造っても意味が無い”理由その②:ケーブル編を講釈しよう。

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