2018年9月1日土曜日
10 years after
今週末はちょっと中途半端な天気。
少なくとも今朝はガスってたみたい。
でも、これだけ何もない週末も久しぶりなので、家でゆっくりと過ごすことに。
音楽聴きながら、久しぶりにコーヒー淹れてみたり家の事したりちょっと仕事してみたり。
そしたら意図せず流れてきた、かつてよく聞いてたDo As Infinityの曲が。
これ聴きながらよく箱根某所に通ったり、4号を只管下って実家帰ったりしてたなあ
エアコンパワステのないEG-6で・・・と懐かしく思い出す。
・・・今はもう若くはない。
途端に懐かしくなり、過去のブログや主治医のブログを見てたら色々な事を思い出した。
僕は確か、2008年ぐらいにEG-6を売った。
その後すぐにでもエキシージが欲しいとか思ってたけど、当時はリーマンショックで
世の中はこれでもかってくらいに大不況の真っ最中。
僕もそれほど余裕があった訳じゃなかったので、暫くは戦闘機を一機も所持してなかった。
それ以上に、僕は車に対するモチベーションがだだ下がりだったのだ。
理由は簡単で、周りの連中が徐々に走りから遠ざかりしかも僕と周りのタイム差が広がる一歩だったからだ。
それは腕の優劣の話ではなくて、単純に本気度とそこにかけられる資金の話。
地元の連中は、早めに結婚したこともあり給料の殆どは子供に消えていき
かたや僕は、相変わらず其の殆どを愛機につぎ込んでいた。
それでも暫くはタイム出しに熱中していたこともありなんとか保っていたが
愛機のクラッチブローを機に僕は持っていた情熱の殆どを失ってしまった。
結局僕が欲しかったのはタイムなんかじゃなくて、誰かと競い合うあの満足感だった。
当時エキシージが欲しいと思ってたのは、どちらかといえば憧れだけだった様に思う。
たまに箱根を流せれば良いかな、そんな感じだった。
その後、僕は暫く一般人のふりをしてきたが、ある時突然モチベーションが戻ってきた。
そのきっかけの一つを改めて見返すと、やっぱり今でも何かワクワクする。
それから僕はDucatiにハマり、S2000にハマり、そして箱根に帰ってきた。
紆余曲折を経てうちの主治医も箱根にハマり辛うじて人でいられる境界線を超えてしまった。
余談だが、僕はこの時の”水がうまい!”を見て、それを実感した。
それから組長や汁Beer、悪2000らと共に朝焼けレーシングに対する局地戦を開始したが
正直に言えばこれほどヒドイ消耗戦になるとは予想だにしていなかった。
僕はかつて、EG-6で喧嘩を売り始めた当初から朝焼けさんトコを意識してきた。
今考えると可愛いものだと思うが、この頃からEG-6で走ってた第1期を超え始め
そしてついにはもう後戻りできないところまで来てしまった。
だけど、僕は今が一番楽しい。
なのに週末に限って雨ってそりゃないぜ、箱根の神様。
ま、一応起きるけどね、念の為、明日も。
そんな事を考えていたある土曜日の1日。
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後戻り出来ないのではない
返信削除後戻りしたくないのだ。
このままずっとココに留まりたいのだ。
僕は25年間そうしてきた。
いつまでも…だが
いつまでこんなことを続けていられるのか?
nobody knows who does.
いやあ、僕もそうですねぇ!
削除箱根某所で走る事が全てのモチベーションの元ですからね!