2011年4月10日日曜日

これも支援

大観山でイベントやるそうです!

大観山でイベント・・・結構ありますよね。
でも、今回のイベントの目的は”震災復興支援”なのです。

まあ、詳しくはリンク先のブログをチェックしていただければと思います。

よろしくです!

2011年4月9日土曜日

”ハートに火をつけて”

 もうそろそろだろう?
箱根の山もシーズンインだ。

遠くへ行く事。
飾って眺める事。
走る事。

さて、貴方のそのツバサは何の為にある?

湯川英一



や~、カッコいいですね!
DAYTONA675R。

ミラーだけぼってりだが、ここだけなんとかなれば・・・

車上がりの私には”SP”よりも”R”の方がグッとくる。

箱根某所ではこのサイズがどストライクですよ。

リッタークラスよりもミドルクラス。
3リッターターボよりもテンロク。

パワーよりも軽さ。

インジェクターは交換よりも追加。
制御はやっぱりレビック。

そんな貴方にぴったりなこの一品。
DAYTONA675R。

”Ladys&Gentlemen!Start your engine!!”

でいと~な~・・・(セガサターン)


専務、今どうしてるw?

2011年4月5日火曜日

SAD story

”正直これからどうなるかわかんないよ・・・”

私には”葬儀屋さん”に勤めている友人がいる。
上の台詞はその友人が吐いた言葉だ。
友人の勤める会社の葬祭部門は今、震災以後休み無く働いている。

被災地で荼毘に付す事の出来ない遺体を運び、地元の米沢で火葬するためだ。
そしてそれは米沢だけでなく、他の自治体でも同様に受け入れが実施されている。

今震災ではインフラや他の建築物同様、火葬場も甚大な被害を受けており
しかも残っている火葬場だけでは、日々膨れ上がる犠牲者の数に対応できない為だ。

依頼があるのは自治体だけでなく、個人から直接というのもあるそうだ。
こういった事例は今まであまり例が無く、依頼されているとは言え殆どボランティアみたいなものらしい。

”なんかヒトの心が荒んできてる。日が経つとそれがわかる。”
そう彼が言っていた。

前例が無いとは言え葬儀である事に変わりなく、米沢にある火葬場まで無論家族も同行する。

最初の頃は無かったらしいのだが、最近はその送迎に使うマイクロバスが汚される事が多くなったそうだ。
食べ残しやジュースの飲み残し、お菓子の袋等散らかしたままの状態が多く見られるようになったと。

勿論、被災者の方々の心情を考えれば大した事じゃないかも知れない。

しかし正式な依頼で正規の料金ではない、半分ボランティアの格好で仕事をする以上
そこに存在するのは友人や友人の同僚たちの良心だ。

だからこそ、私の友人は何も言えなくなる。

似た事が地元の米沢でもある。

今、米沢では被災地から避難してきた方を受け入れている。
その被災者の方々の多くは地震・津波で家を失ったとかではなく、放射性物質の飛散から逃れて
避難してきた方々との事。

そんな彼らが米沢の繁華街や温泉地で暴力沙汰や揉め事を起こしたりして問題になってるそうだ。

また、ボランティアの方々が炊き出しや食料の配給を実施している。
しかし、大量のおにぎりが残されていたり、または捨てられていたりするのを目にするのも多いそうだ。
中には”こんなもん食えるか””米沢牛は出ないのか”と言った苦情まで出ているとの事。

今は”ボランティアに行くと悲しくなる”のが現状らしい。

もちろん、そんな人達ばかりじゃないだろうし、それは極一部なんだと思う。
避難当初はそんな事なくても長引くと、又先が見えなくなるとやっぱり不満も出るのかもしれない。

今回被災された方々の心情は”悲しい”なんてもんじゃない事はバカな私でも分かる。

しかし捨てられたおにぎりを目の当たりにしたボランティアの人達の気持ちを考えると
どうしてもやるせない気持ちになってしまう。

悲しく、そして悔しい。

今回の震災後、色々な報道や事実を知った。
悲劇も美談もたくさん見た。

しかし今日ほど悲しくなった事はない。
一次被災をしていない私にはその資格がないかもしれないが、一つだけ言わせてほしい。

”笑顔には笑顔で、善意には善意で”返そうよ。
今は難しいかもしれないけれど、少しだけでいいからボランティアの人達の気持ちを汲んであげてください。

お願いします。

2011年4月4日月曜日

For what

今朝方、震災以後初めて連絡が取れた先輩がいる。

住んでいるのは神奈川なので無事は知っていたが、実家は茨城の大洗。
実際、実家は高台なので津波の被害は無かったそうだが、地震で家の中が滅茶苦茶になったそうだ。

そして、この先輩のお兄さんは原発の関係者。
今、福島原発の5、6号機の調査の為現地入りしているとの事。

ただ、現地で復旧作業をしているわけではなく、設計に関わった側の会社の部長さんなので
これからの設計改善の為に調査を実施しているのだそうだ。

原発くらい巨大なプロジェクトになると、複数の会社が部位を分けて設計を担当するので
調査をしているのは格納容器や炉心部分ではないらしいのだが、危険であることに変わりないだろう。

実際、現地入りしているのは”部長””課長”クラスの人間だけで、”組合員”である一般社員は
”そんな危険なトコに社員を派遣できない”という理由で現地に行けないのだそうだ。
※ドコの会社でも役職者は大概組合には入れない

「これから何年か何十年か先、オレに何かあっても、国は絶対今回の件とは因果関係を認めないだろう。
だから、覚悟は出来ている」

そう言って、そのお兄さんは向かったそうだ。
そして今も、原発近辺で職務に当たっている。

そのお兄さんだけでなく、今も変わらず劣悪な環境で国を救おうとしている人達。
彼らを支えているのは、家族への思いや信念、そして責任感なのだと思う。


首都圏では落ち着きを取り戻しつつあり、被災地も少しずつだが復興に向けて動き始めている。
だからだろうか、被災地以外の色々な所で何か”ちぐはぐな印象”というか”違和感”を覚える時がある。

どうか忘れないでほしい。
まだ、戦っている人達がいる事を。

気がつけば・・・

昨日、1198が遂に入院してしまった・・・。

今まではそんなに実害が無かったので普通に乗ってたが、2速7000rpmでバンク中にツンデレーション
を起こすとなると・・・ホント、死んじゃうからね。

それで昨日、我が娘を主治医に預けてきたが、改めて確認すると約1.5年で20000km弱。
通勤に使ったワケでもなく、殆どツーリングにも行かない中で月平均約1000kmちょっと。

結構走ったものだ。
意外に壊れないが、やっぱり少し疲れてたのかも。

思えば、2009年6月にロードバイク用の合羽を買いにバイク屋に行ったのが運の尽き。
その店が偶々Ducatiのディーラーで、試しに1098の見積もりを取ってもらったのが始まりだった。

当時バイク嫌いだった私は、偶然ネットで見た1098のデザインに一目で心奪われたものの
”ま、その内乗るかもね”ぐらいの感覚しかなかった。

そもそも免許すらなかったのだから。
だから、ホント軽い気持ちだった。

しかし、出てきた金額を見て少し吃驚。
500万ぐらいすると思ってたのにその半額ぐらい。

バイクとしてはゾッとするほど高額なのだが、バイクも車も”趣味のもの”として見れば同列の機械。
正直”バイクにしては高すぎる”なんて思いはあんまりなかった。
それでも、”ま、その内だな”なんて思ってたが、店員さんは次に信じられない一言を放った。

”じゃ、来週実車持って来るんで見てみますか?1198。”
これで私の運命は決まってしまった。

翌週、何故かドキドキしながらバイク屋に行き、早々にご対面。

震えるほど感動したあの瞬間は、今でも鮮明に覚えている。
私は未だに自分の愛車が世界で一番美しいと思っている。

それから免許も無いのに契約し、次週からは早速教習所通い。
しかも中免から。

最終的に大型の免許を取ったのが8月の頭。
ちょうどお盆の前くらい。

水曜に卒検を受けて金曜に免許の更新。
納車は土曜日、大安吉日。

しかし、色々説明を受けツナギを着込み、いざ出発!っていう時に思いっきり立ちゴケ。

エンジンもかけてないのに・・・。

酷暑全開の時にツナギ、しかも免許取って一日しか経ってない、最早”馬のドコの骨”かもわからんドペーペー。

挙句店員さんには
”あの・・・見てない方が良いですか?緊張しますよね、やっぱり。”
等と言われる始末。

それからも苦労の連続。
比較対象が教習者のCB750しかない私はポジションの違いに悪戦苦闘。
しかも今では心地良い”ドコドコ”音も、最初は少しも良いとは思わなかった。

”なんか耕運機みてえ。これでバイクのフェラーリ?ガサツなエンジンだなぁ・・・なんでこんなの
買ったんだろ?しかも新車で”

これが正直な印象だった。
その上私の言う事なんて聞きゃしない。

それが悔しくて箱根某所に通い始め、”死にかけた”事(事故ったワケじゃない)がきっかけで色々分かり始め
そして楽しくなってきたのが2009年の末。

で、現在に至る。

今だってあの時から大して上達したわけじゃない。
でも、楽しくて仕方ないのも未だに変わってない。


でも、現在修理で入庫中・・・。
しっかり直って、なるべく早く帰ってきてほしいもんです。

2011年4月2日土曜日

80%の豊かさと20%の我慢

来週の週刊誌の見出しはこうだろう。

”大増税時代が来る!”(AELA風)


今朝方発表された復興計画について。
復興と言うよりは再構築と言った方が正しいかもしれない。

”エコタウンや福祉都市の性格を持つ、世界のモデルになる街づくりを目指す”とのこと。
財源は無論、新規国債発行や増税だ。

これらは言うまでも無く”諸刃の剣”だ。

例えば増税。
特別消費税、特別法人税、社会連帯税・・・。
震災前でも決して”景気が良い”とは言えなかったが、増税の程度次第では再び経済は内側に向いてしまう。

”これから日本はどうなるんだろう?”
”原発はいつ収束するの?”

先の見えない不安の中では中々消費は上向かない。
それに追い討ちをかけるような増税では、経済は回らない。

ただし、今の日本の空気では、ある程度の増税は許容されると思う。
あの震災を目にし体感し、そしてそれをなんとか克服しようと今日本が一つになりつつある現状では
増税すら”ひとつになる”理由になるからだ。

大事なのは”レベル感”だ。

いくら”がんばろう!ニッポン!”と声掛けしても、自分の生活が困窮するほどの増税ではすぐに破綻する。
”これぐらいなら”と思えるレベルの増税で無ければ、持続すらできない無意味なものになる。
しかし、増税しても復興に必要な税収が無ければそれもまた、無意味だ。

そこの線引きが重要であり、そこを間違えばヒトもモノもカネもあっという間に失ってしまう。

多分、その”スィートスポット”は一点しかない。
それを見出せるかどうかが鍵だ。

今我々のいるところは、恐らく分水嶺だ。
危ういバランスの上に立っているのだろう。

今も原発では、関係各所の方々が命を賭けて復旧作業に従事している。
本当に感謝しかない。
被災地では今もなお大勢の方が頑張っている。
生きている。

今度は政治家が本当の勇気を見せる番だろう?
そして我々も”ある種の覚悟”は必要なんだろうと思う。

もし今落ち着いて考えられる状況にあるならば、これからのライフプランを真剣に考えた方が良い。
無駄使いを止めて貯金しようとかやっぱ大手企業に転職しようとか保険に加入しようとかそういう
目先の話じゃない。

10年20年先を見据えた人生設計というか、ワークライフバランスを前提にしたマネープランとか
これから来るであろう”誰も見たこと無い日本”でも笑って暮らすために、だ。

電力一つとっても、もう元には戻らない(少なくとも当分の間は)のだから、従来の考え方では
通用しないのかも。

もしかしたら幸せのカタチを再考しなければならないのかもしれないね。
それが、今後の日本の豊かさに繋がる気がします。


それにしても、”社会連帯税”って名前はやめにしない?
ものすごく響きが悪いよ・・・。