今日は何の目的も持たず、ただフラフラしようと決めていた。
凍える寒さが心地良い。
しかし静謐な空気は我が相方に力を与える。
こういう日は、宥めるのに随分苦労する。
スロットルは一定の筈なのに前へ前へ出ようとするこの感じは、嬉しくて跳ね回ってる仔犬みたいだ。
都度、タンクに手を添えぽんぽんと二度叩く。
やがて猥雑な街を抜け前が開くと、ほっそりとした腰を抱き寄せスロットルを半ば強引に開ける。
街中ではつまらなそうにあげていた、少しだけヒステリックな彼女の声も甘い歌声に変わってゆく。
乗っている、というよりも繋いだ手を引かれていくような、嬉しさと楽しさと少し恥ずかしい
感じが入り交じった、何となくくすぐったい感じ。
狂ったように数字が跳ね上がり、バーグラフが踊る。
さっきまで見えていたアスファルトの目が、飛ぶように過ぎてゆく。
脳で感じる筈の”楽しさ”が、脹ら脛あたりからじわりと上がってくる。
しかしそんな時間は長くはない。
走れる場所が限られる冬は、自ずと道が込み合う。
結果、共存が難しい二種は、たびたび同じ道に犇めき合う事になる。
左腕が壊れる前にと、少しだけ上体を上げ道を外れる。
クールダウンする為に停めたハズなのに、彼女の横顔に見蕩れてしまう。
透明な冬の空気は、彼女の少し不機嫌な顔すら綺麗に見せてくれる。
髪をなぶる空気は冷たいが、火照った身体には心地良い。
普段は敬遠する缶珈琲ですら、身体に染み渡る。
気がつけば随分日も傾き、吐息も丸くなっていた。
現実的なリスクを考え、イグニッションスイッチをONにする。
今朝方、あれだけ嫌がっていたのが嘘みたいに軽やかに回り出す。
帰宅を急ぐ夕暮路ですら、楽しい。
来た道と同じ分だけ楽しめるのだから。
さて、もう一本。
タンクに手を添えぽんぽんと二度叩く。
ツーリングなんて言える距離ではないが、それでも僕には十分だった。
僕はこいつが大好きだ。
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